朝井リョウ「武道館」を読みました

 先日、友人から誕生日プレゼントとして前々から読んでみたいと思っていた朝井リョウの「武道館」を買ってもらった。「読書感想文書いてきてね」冗談半分で言った彼女の言葉に、いっそのこと本気で書いた読書感想文をテキストファイルとして添付してメールで送りつければ面白いんじゃないか、そう思った私は書いた。ついこの間大学から出された1600字レポートすらめんどくさがり、1200そこそこで提出した私が書きまくった。総文字数は2000字強。送られてきた友人はさぞ驚いたことだろう。せっかくここまで書いたのだから、と他の友人にも面白半分で送りつけてみた。みんな優しい。わざわざ読み切ってくれたらしい。
 しかし私はそれだけでは飽き足らず、読書感想文を披露するためだけにはてなブログのアカウントを取得し、今に至るのだ。恐るべし自己顕示欲。商品紹介ページの下にて、友人に送りつけた読書感想文のコピペのはじまりはじまり。


武道館

武道館


 どれだけ激しく踊っても、動かない前髪。色素の薄い肌に真ん丸い瞳。 華やかなヘアメイクとフリルのたくさん付いた可愛らしい衣装で武装した少女たちを、スポットライトの強い光が照らし、ペンライトの淡い光が包み込む。コンサートは、武道館は、人が、"人の幸せを見たいと思わせてくれる場所" *1 だ。

 アイドルという職業に憧れを抱く少女は少なくない。歌うことが好き、踊ることが好き、可愛い服が着たい、有名になりたい、演技やお芝居をやってみたい。色々な理由があるにせよ、そんな少女たちの根本にあるものは、アイドルが好きだという感情であろう。
 自他共に認めるアイドルヲタクの、指原莉乃氏を例に挙げる。彼女は国民的アイドルグループのセンターを努めていながら、メディアにほとんど取り上げられないような地下アイドル(と呼ばれる存在)のコンサートや握手会へ行く。そもそもアイドルを志した理由も、元モーニング娘。のメンバーに憧れていたからなのである。

 アイドル、特に女性アイドルは握手会などのファンと直接交流する機会が多く設けられている。大抵それはCDに付いてくる握手券やイベント参加券が必要であるため、「握手券付きのCD」ではなく「CD付きの握手券」を売っているのだと非難の対象になることも少なくない。
 今の時代、楽曲配信サイトどころか、無料の動画共有サイトを利用すれば、お金をかけなくとも好きな音楽を聴くことができる。手に入れたいもの全てが無料で手に入る。確かにそれは、素敵なことだ。しかし、無料で手に入るものは所詮、無料で手に入るものだ。何かと引き換えに得たものではないから、気に入らなければ簡単に捨てることができる。そんな時代にどのような手法であれ、CDを売ること、CDを買うことは果たして非難されるべきことであろうか。(オリコンで1位になるために安価のミュージックカードを売ることと、握手券付きのCDを売ることは全く別の話である)

 アイドルとして活動していく中で、切っても切れない存在がスキャンダルである。SNSが広く普及し、全国総パパラッチ時代と呼んでも過言ではない。どこに誰と居て何をしていたか、そんな情報は少し検索するだけで簡単に手に入ってしまう。
 女性アイドルファンはアイドルが好きである。またそれは、"その子個人というよりも、年齢や恋愛経験の有無を含めて、その子がアイドルであるという状態が好き" *2なのであり、"アイドルは夢を売る仕事だから、人間らしいところを見せてはいけない" *3 のである。
 芸能リポーター井上公造氏の言葉を借りる。"自由に恋愛をしたいのであれば、芸能人を辞めるべきです。彼ら、彼女らは自分自身が商品です。(中略)それでも人を好きになるのが人間です。だったらバレないように努力しないと!ファンによって支えられている以上、企業努力は必要不可欠です。" *4バレないように努力している恋愛をわざわざ暴いている人が言うのもなんだか腑に落ちないが、全くもってその通りなのだと思う。
 アイドルは、ファンの二律背反な要望に応えなければならない。売れてほしいけどブランド物は身につけてほしくない。毎日忙しくしてほしいけどブログも毎日更新してほしい。ファンを幸せにしてほしいけどファンよりも幸せになってはいけない。そんな欲望に全て応える少し異質な存在だからこそ、ファンは惹かれ、ファンの欲求は更に増えていくのだろう。

 冒頭、ヒロインが所属する6人組女性アイドルグループ"NEXT YOU"は、別の夢を叶えるために1人のメンバーが卒業し、5人組として活動していく。紆余曲折を経て最年長のメンバーが成人を迎え、メンバーの18歳を越えたとき、2期生として新たなメンバーを募集することになる。
 制服をモチーフにした衣装を着て、握手会は席替えをコンセプトにしていて、コンサートのことを授業参観と呼ぶNEXT YOUはメンバーが30代、40代になったとしたら、それはもうNEXT YOUではなくなってしまう。だからこそ、NEXT YOUを1期生だけのもので終わらせてはいけない。プロデューサーの言葉を聞いてヒロインはそう悟る。
 いつの時代も、アイドルグループにはメンバーの卒業や追加はつきものである。しかし、その大半は女性アイドルグループに起こるものであり、男性アイドルグループではあまり起こらない。*5恐らくそれは、女性アイドルは様々な事務所に所属しているのに対して、男性アイドルはある芸能事務所のほぼ一強であることが関係しているのであろう。しかし私は、私自身がアイドルファンだからこそ思うのだ。女性アイドルファンは、アイドルが年を重ねることを劣化と捉える。男性アイドルファンは、成長と捉える。いぶし銀、という言葉があるように30代、40代になるにつれて人間として、アイドルとして、深みが出るという考え方もできるはずだ。それでも、女性アイドルファンは少女が大人になることを拒み、嫌うのである。
 そのように考えると、女性アイドルというものは儚い存在である。自身の短い青春をアイドルという職業に捧げたにもかかわらず、大人になればハイさようなら。卒業という名のクビ宣告である。女優や歌手として新たな道を進む少女も居るかもしれないが、その道で成功を納める少女はほんの一握りでしかない。
 それでも少女は、アイドルになりたいと望むのだ。ただ歌うことが好き、踊ることが好き。自分の姿を見ることで、誰かに幸せになってほしい。そんな純粋な思いのために、自分の青春を差し出すのだ。だから彼女たちを応援するファンが、自分の短い青春どころか長い一生を捧げたとしても何ら不思議なことではない。

 余談ではあるが、筆者である朝井リョウは26歳の男性である。筆者の頭の中の女性アイドル像はまっすぐで、ただキラキラと輝いているように感じた。いつか、筆者の描く男性アイドルの姿も見てみたいものである。お願いします、読ませてください。

*1:本文P.167 15行

*2:本文P.189 13-14行

*3:本文P.234 6-7行, P287 19行

*4:井上公造芸能裏トーク

*5:日本国内に限る